立川基地引込線跡【中神】米軍基地ランドリー・ゲートへ続いてた廃線

立川基地引込線跡観光

立川基地引込線跡は、かつて中神駅から立川基地まで敷設されていた貨物専用の引込線跡です。すでに廃線となっていますが、当時のレールとポイント変換機がモニュメントとして残されています。

立川基地引込線跡

住所昭島市中神町1315-56
最寄駅中神駅
駐車場なし

中神引込線通りは、青梅線中神駅から敷設されていた貨物専用の引込線廃線跡です。途中からは2路線に分岐していました。この地域の歴史を物語るように、工廠線または立川基地引込線とも呼ばれてました。

引込線が敷設されたのは昭和18年(1943年)といわれ、陸軍唯一の飛行機製造部門として昭和15年(1940年)4月1日に設置された航空工廠への資材運搬用路線でした。

昭和20年(1945年)に太平洋戦争が終わると、航空工廠を含む立川飛行場一帯はアメリカ軍に接収されて立川基地となりました。工廠線は、そのままアメリカ軍専用線(1.9km)として使用され、おもに航空機燃料や重油が運ばれました。

立川基地は昭和52年(1977年)11月30日、日本に全面返還され、引込線も昭和53年(1978年)7月1日付で正式に廃止されました。

立川基地引込線跡は道路として整備されました。当時のレールや転轍機(ポイント変換機)がモニュメントとして残されています。

ランドリー・ゲート

もくせいの杜

立川基地の昭島市側には洗濯工場があって、そこへの入り口は「ランドリー・ゲート」と呼ばれていました。

ランドリー・ゲートのことは、シンガーソングライターの「ユーミン」こと松任谷由実さんが「LAUNDRY-GATEの想い出」という曲で歌っています。歌碑が西立川駅にあります。

かつてはバス停の名前としてランドリー・ゲートの名が残されていたのですが、それもなくなりました。

立川基地跡も整備されて「もくせいの杜」という名となりました。現在では、基地の名残を残すものは何もありません。

地図・交通アクセス

立川基地引込線跡へ行くには、最寄駅の中神駅から徒歩15分(1.2km)かかります。

昭島市のコミュニティバス「Aバス」で行くならば、北ルートのバス停「仲町公園北」が近いです。

周辺には富士見湯ごはんや極太ナポリ食堂があります。

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